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中心感覚が開運の要(かなめ)

 

開運といえば、占いや風水グッズなど盛りだくさんですが、

開運「運を開く」とは、どういうことでしょうか?

この実体を把握してこそ、本来の開運が始動します。

実は、この運を開くとは言葉を変えれば

「淀(よど)みのない流れをつくる」

ということです。

では「淀みのない流れをつくる」にはどのようにしたらよいのでしょうか?

それには天地宇宙の原理原則があります。

1,中心軸があること

2,陰陽バランスが取れていること

が基本です。つまり、この実体を外しての開運は成立しません。

例えば、生物学の分野では、

ようやくスパイラル運動を生命現象の共通パターンとして認めつつありますが、

その要(かなめ)になるのは、スパイラル運動は中心点がなくして成立しない、ということです。

では、なぜ、スパイラル運動が生命の共通パターンとして成立するのでしょうか?

下図をご覧下さい。

このように、時空の「ゆがみ」がスパイラル運動を成り立たせているということです。

いわゆる

生命現象 = スパイラル(螺旋)運動 ← 境界の成立 ← 不対象

だということです。

第1章の「 波立(はりつ)の法則(混在の力学)」でも述べたように

混在性・異質性が命を育んでいるということです。

少々、難解に感じられたかもしれませんが、

これは、物理学・熱力学にも貫通し、

生命現象そのものの法則となりますから重々ご理解頂きたいと思います。

では、我々はこの実相を前にどのように生活を見つめなければならないか?

まず、「異質を受け入れ、中心軸を見極める」ということです。

当然ですね、異質があってこそ、境界が生じ、スパイラル運動が成立する訳ですから・・・

まず、

この赤文字部分を皆さんが生活の中で、何度も復唱し、どういう事か?を考えてください。

何か、事を始めようとする時、何かの空間に居合わせた時

その時々で、臨機応変に、このことを自覚する必要があるのです。

その人にとって中心となるもの、その時に中心となるもの、その場で中心となるもの

と、様々な中心があります。しかし、実際は環境やその人の境涯によっても異なりますから、

その答えがスグに出るものではありません。

しかし、確かなことは、事に処して中心を見失わないという感性・問う姿勢というものが大切です。

身近な例で言えば、法事があったとします。

すると、普段会えない多くの人がこの機会に再会します。

「息子はどうしてるか?」

「奥さんは元気か?」・・・

等々、よくある話題です。

終始このような話題になっている時もあります。

しかし、その場の中心軸はあくまでも、亡くなった故人です。

ならば「亡くなったじいさんは、こんな人だったな・・・」的な話題こそ、

その場にふさわしい、場を整える話題ということになります。

ですから、生活の随所で「中心性」を見極める必要がありますし、

バランス感覚という言葉のように「中心感覚」のようなものを育んでおく必要があるのです。

すると

   1,中心となる空間はどこか

   2,中心となる時はいつか

   3,中心となる人は誰か

と、中心性を尊ぶ「気」の流れが生まれてきます。

最近では、個を尊重するあまりに家族がバラバラの方向性を持ちかねない傾向にあります。

それぞれの部屋・それぞれのテレビ・それぞれの電話は、確かに便利です。

しかし、その便利さが、中心性をなくし崩壊へ導いています。

それらは家族を結ぶためのツールとならなければならないのです。

家族で、「中心の気」が流れれば、

自ずと回転運動が始まり、そういう感性が育ちます。

すると子供は、授業中の中心性を感性的に察知し、

静かにするべきは静かにし、・・・・が出来るようになるのです。

夫も会社での中心性を理解し、

不平・不満が減り、

目的に向かって力を合わせることの大切さを感じ取ることが出来るようになります。

かつて、貧困ながらも、家族が集っていた頃、

それぞれが役割を認識し、責任を全うしようとしました。

しかし、ひとたび豊かさを経験するとヤマト民族は

権利・個人主義が主張・横行し、家族が崩れ始めたのです。

全ての原因が家族にあるとは言いませんが、そこから復興していくしかないということです。

そして、本来の家族に返るにあたって大切なことは、

かつての封建的発想の中心軸は間違っていた。

それでは、堂々巡りし、間に合わないということです。

そうでしょ?

離婚問題が噴出した時、年輩の方が必ず言う

「我慢よ ! 子供には何の罪もないの、子供のために・・・」

では、納得いかないでしょ?・・・

まず、中心性の確立は家族の愛から始まるのです

それが社会の核、中心軸にならなければならない。

「寂しさを紛らわすための欲する愛」から「与える愛」への大転換です。

「要求する愛」から「与える愛」への大転換です。

その時こそ本来の「役割」が真価を発揮するのです。

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先日、広島のあるご婦人から、とても丁寧なメールを頂きました。

幼少からの出来事を綴り、ご報告頂きました。

胸のつまる思いでその一言一句を読み返しました。

何度も何度も、読み返しました。

途中、略しますが、そのご婦人は、こう綴ってくれました。

 

   (前略)

  私は、母に深い感謝の思いを持ち続けておりましたが、

  思いとは裏腹で、いつも心配ばかりかけておりました。母に、

  「いつも心配ばかりかけていつまで立っても、

  お母ちゃんに恩返しが出来なくてどうしよう、ごめんね」

  と云うと母はニコニコしながら、

  「いいんよお母ちゃんに返すことはないよ、でもねあんたの周りに、

  もし困っている人がいたら知らん顔したらだめよ、

  あんたが出来る限りのことをしてあげなさい、いつも笑顔でね

  とそんなことを云う母でした。

  そんな母が亡くなっても悲しみに浸っているわけにはいきません、

  生活との戦いが始まったばかりでしたから、涙を振り払って頑張りました。

  あるご縁で知り合った人の勧めで、働き始めました。

  難しくて涙がでそうでしたが、

  母が最後に云ってくれ、あの言葉だけをお守りのように心の支えにして、

  母がついていてくれる頑張る!負けない!大丈夫!と自分に言い聞かせながら、

  子供と三人で笑顔で明け暮れる日々でした。

  傍目からはどのように見えていたか分かりませんが、

  今から思えば、苦労もありましたが、

  それよりも子供が育つ喜びと希望の方が大きく楽しかったように思います。

  ・・・・・・・

お母様の言われた

困っている人がいたら知らん顔しない。

という言葉、

何と、重たく身につまされる言葉でしょう。

これこそ、異質なものが触れあう状況を創りだしています。

しかも、そこに、苦しみを共鳴・共感し、愛情が通っていたなら

想念のスパイラル運動が生まれ、創造的な気が生まれます。

ややもすると人は

金運のある人・財力のある人・有名な人・ツイてる人・褒めてくれる人・好きな人、

とばかり会いたがります。

そこには、確かに共鳴性はありますが、異質性が低いので重厚なスパイラル運動は生まれません。

ですから結局、次ぎのステップを産み出すこともなく、上手くいって知人で終わりです。

これではトータルにみると地球は上昇できない。彼女は、お母様の言われる通り、

困っている人がいたら、知らん顔しなかった。

それは、実際は、とても経済的に辛い生活を強いられることになります。

時間を取られ・お金も取られ・心も打ちひしがれ・・・

しかし、だからこそ彼女はお金に変えられない宝物に気づいたのです。

  苦労もありましたが、

  それよりも子供が育つ喜びと希望の方が大きく楽しかったように思います。

と、

かけがえのない、「子が育つ親の喜び」を本当に必要な時に

ふんだんに享受できたのです。

これこそ、この時の中心軸だったのです。

そして、ご婦人は、苦しかった生活をご報告頂き、最後に以下のように結んでくれました。

  ・・・・中略・・・・

  安部先生のHPにあるように、全て必要な人が貴方のそばに居る

  本当にその通りだなと、自分の過去現在と照らし合わせて見てつくづくそう思えるのです。

  そして、その人たちは私に何を伝えているのだろうかと考えたとき、

  愛を学ぶ為に用意されているのではないだろうか、

  その為に神様が与えてくれた環境ではないだろうか

  と私にはそう思えて成りません。

  私の環境は大変厳しいですけど、もう一寸待っていて下さい。

  子供たちと必ず幸せになります!  神様宜しくお願いします。

  そんな心境です。それと私を死んでも守ると云ってくれた母は、霊界で救われているでしょうか?

  父の事も恨んだことはありません。あちらで仲良くしていてほしです。

   (後略)
 

私はもう、言葉もありませんでした。ただただ感謝し、

「がんばって」

と祈るしか術がありませんでした。

 

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