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双方向の学びが、役割を確立する

安部浩之作品No,070501

                                     文Phot,kohsi

この世に生を受けた

といのは、「次元を超えた学びの空間」に生を受けた

という事でもあります。

「生涯学習」という言葉がありますが、まさにその通りで

若きは若きなりに、年を重ねては重ねたなりに学びは続くのです

終わりというものはなく「死」は1つの節目でしかありません。

女性が子を産めば、女性は子育ての1年生・2年生・・・となり

人が教育者になれば、やはり教育者1年生・2年生・・・なのです。

しかも、「次元を超えた・・・」と記したように

貴賤を超えて、共学が可能となっているために

学びが驚異的に進展できる、類い希(まれ)な空間だということです。

これは他項でも度々触れてきた大切な部分であり、よくよくご理解頂きたいと思います。

だから、この地球には

・「学び」の環境に満ち満ちているということです。

・「学び」の教材に満ち満ちているということです。

・「学び」の人材に満ち満ちているということです。

一度、この発想にたったとき、

家族・職場・友人・・・と

周囲の人が全て学びのメッセージをもって「居る」ことに気づくのです。

そして、決してそれは一方通行ではなく、双方向という特性を持って進行しています。

なぜでしょう、「完成形」が存在しえないからです。

完成形は回転(輪廻)性から外れ地上には舞い戻らないのです。

だから、高い低いの差はあっても途上の人間ばかりが寄り添っているのが地球なのです。

仏教では、ここに目をつけ途上でありながら行いが尊く、しかも悟りを約束した人を

「菩薩(ぼさつ)」と位置づけたのです。

だから地上には「学び」を必要としない人間は居ない、ということです。

つまり、生徒が教師に教わるだけでなく、

教師が生徒に教わるという事態が起こるようになっているのです。

生活の中では、どんなに地位も名誉もお金がある人でも

妻の素直さに心を育まれたり、チョットした子供の仕草にヒントを得たりするのです。

そういう人が、家族に・職場に・近所にいるようになっているのです。

この発想に立たないとどうなりますか?

勿論、「敵」ということになるのです。

「敵」はどうしますか?そう、無視するか抹殺しなければならない。

これでは地球創世のルールを崩してしまことになるのです。

よく「性格が不一致で・・」というような言葉がありますが

当たり前です、そもそも性格が同じ人なんて居ないのです。

むしろ、対極な性格ほど、天の意志は強く、強く働いているといえるのです。

 

だから、学校では、教師が

「なんで、オレがこんな奴らの面倒を見なきゃなんないんだ」

と発想した瞬間から、既に破滅状態にあるということです。

その気は伝播しますから、当然、その気を受けた生徒は、

無意識の意識で、「下剋上」の方向性へ動き出す、

つまり、その教師を無視し、さらに滅しようとする方向に向かうのです。

まさに戦争の縮図なわけです。

ロシアにおける、プロレタリアートの独裁というのも、

畢竟、こういう「双方向無視の意識」から発しているのです。

・・・・・・

結局、

「生涯、瞬時瞬時、学びの連続なんだ。人は皆、師匠なんだ」

と心得た人こそが、勝利者であり、貴いということです。

生徒が教師を尊び、また教師も生徒を尊ぶ、それが故に「愛」を持って接するとき

だれでも本気の気が作動し、

教師は教師としての、生徒は生徒としての

(上司は上司としての、部下は部下としての)

「その位置の役割」を果たすようになっているのです。

 

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