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感性の復権

安部浩之作品No,2

戦後、日本には、物も食べ物もなかった。悲しいほどになかった。

だから、物を大切にした。

些細な便利を身にしみて実感し、食べ物は「ありがたい」

と心から味わって食べた。

今は簡単に手に入る、バナナや卵は高級食材で、少ない物資の中で「豊か」になりたかった。

金があれば・・・・・金があれば・・・・・物も食べ物も潤沢に揃うと考えた。

それは、間違いではなかった。

そして、皆で足並みを揃えて、教育を徹底・一本化し、

世界に通用する企業戦士を育成した。

ついに日本は、まれに見る世界的な伸長を遂げ、物にあふれ予想通り豊かになった。

再び、バナナと卵を手にした日本人は、

ヤマト民族が精魂込めて創造・伝承してきた「感謝」というフレーズを飛ばして、

ひたすら、むさぼり食い、「足るを知る」をも忘れ、

そのエネルギーをさらに市場経済の拡大に注いでいったのである。

なぜ、この時に、この時にこそ・・・・・・という思いは、今ではむなしく、

すでに悲劇は止まることを知らないかのごとく注力していったのである。

 

こうして、

「金さえあれば」

に奔走したヤマト民族は・・・・・

舞い上がった。

 

求めていた、ささやかな

「物」

を手にしただけで、「金で全てが買える」とまで舞い上がった。

ついに

「まずは、己が幸せになってこそ・・・・」

という考えは、「われよし」の発想が蔓延させた。

 

だから、誰もが

「開運して幸せになるんだ」

と言う時、頭の中には

高価な電化製品や高級車や豪邸、豪遊

しか思い浮かばなくなってしまった。

 

「幸せはお金だけじゃないことくらい解っている。」

しかし、悲しいかな、

まぎれもなく社会全体としては、

「お金」が全ての如く、その方向へ邁進している。

社会全体が「お金」を目指して進むから、価値基準が「お金」にスライドした。

 

 ・一人前の基準が「お金」になり

 ・結婚の判断基準が「お金」になり

 ・就職先の判断基準が「お金」になり

・家族を守るは、イコールお金になり

 ・老後の安泰は「お金」で決まり

 

となる。

ついに、日本は、「お金」で動かされる人間に満ち、法に触れない範囲なら

手法の限りを尽くして「お金」を獲得するようになる。

今、先進国と呼ばれる国が、地球環境を破壊してまでも

この方向へ向かって進んでいる。

 

こうして、舞い上がった心は、

妙な外堀を固めた

「性」までも、お金で買えるという錯覚、

援助交際、婚前・婚外交渉、同性愛、不倫・・・・・

こうして、ヤマト民族は、愛をふみにじり、

輝かしい「夫婦愛」に一撃を刺した。

すると、家族は、いとも簡単にガラガラと崩れ、性はいよいよ乱れた。

その挙げ句、

  「不倫は文化だ」

と言う輩も現れ

  「不倫が職場に刺激を与える」

と何のためらいもなく言葉にする輩も現れた。

 

家族は、同じ屋根の下に居ながら、背を向け、それぞれの世界を築き、横軸を崩し、

別居により、年寄りは家からいなくなり、縦軸も崩れた。

こうして、「義務」から目をそむけ、「権利」を武器をした。

妻も夫も「金」の為に働き、共有する時間もなくなった。

子供は、部屋にTV・ビデオ・PCを揃え、

子供部屋にカギが付き、その扉は子供の家の玄関になった。

当然、家族の中心性や尊敬・信頼は霞(かすみ)のように、ゆるくなり

経済成長率世界一の次ぎに、離婚上昇率も世界一になった。

図1-1

             資料 : 昭和18年以前は内閣統計局「日本帝国統計年鑑第38回」及び「日本帝国人口動態統計」、昭和22年以降は厚生省「人口動態統計」

 

こうして、「性」が乱れ始めると、一気に「感性」までもが崩壊する。

「感性」が崩れると、手の出しようがなくなる。なかなか戻れない。

正論が空論になる。「素直」や「真心」が揶揄(やゆ)される。

この現実は、あまりに悲しい・・・

言葉の与うる限り悲しい。

 

思えば、

日本は戦争・殺戮・飢えの悲劇をバネに、世界一の経済成長率を達成した。

金があっても食べる物がない程の窮地で、雑草を食べながらも

引き裂かれた夫を思い、妻を思い、家族を思い続けたその絆(きずな)は、

ああ、一体どこに消えてしまったのだろう。

地球という生命体は、今、のどを詰まらせ

言葉にならない涙で、この現実を見なければならない。

それは何という悲しみだろう

人間は一体どれだけの悲しみを歴史に刻み、

これからも刻んでいくのだろう。

 

だから、いまこそ

この豊かさの中で、

「本当に、申し訳なかった。許して下さい。」

と心を込めて懺悔し、

人間の感性そして家族から、

と逆順にたどり「天性」を復権する。

そのために、

音や色やカタチに囲まれた環境をキッチリと、

体を張って、狂いなく天命かのごとく分析する。

すると、そこに忘れていた美があった。芸術があった。

 ・けなげな蟻が、理想社会のサンプルを見せてくれた

 ・貝殻や蜂の巣が、住まいの造形美とあるべき姿を見せてくれた

 ・何ら、労を厭わない鳥が子育ての素晴らしさを見せてくれた

なんと輝かしいホレボレする地球だろうと思わせてくれた。

よくぞ、可視光線で「光」を7色分解して下さいました。

よくぞ、空間をふるわせ音階を創って下さいました。

さらに、喜怒哀楽を正常に共有すると

因縁が調整され、悲しみの歴史が精算されることも解った。

今、音・色・カタチを通して、人の「命の感性・生き方の感性」に働きかけ、

あるべき「家庭」の姿から取り戻していく。

夫婦とは何なのか?

親子とは何なのか?

親の愛とは何なのか?

感性を取り戻し、家族から愛を育み、社会を優しさで潤していく

音・色・カタチを科学することの願いは、ここにある。

 

私は、豊かな日本は、その使命を果たさねばならないと痛感した。

なまぬるいエゴ丸出しの「開運法」を脱却し、

本当の「開運・幸せ」の醍醐味を見せてあげる。

そう誓願した。

こうして、因果のなぜ?なぜ?をボーダーを超えて追求していくと

今、只今にこそ

全ての因果が内包されていることを知った。

様々な人の因果を2代より3代、3代より4代と、

遠き因果を見れば見るほどに、近きを見るという不思議な現象があることを知った。

近きを正常にすると、遠き因果から正常になることを知った。

二が一になり、一が二になり、そして、一が一であることを知った。

だから

生活の中から自己を変えていく。

生活の中から矛先を変えていく。

それしか無いのだと知った。

だから、この講座は、掃除や洗顔など、

一見、他愛もない生活の中での所作を基本としている。

しかし、そこに宇宙の法則性を、自然から学び取り、かみ合わせることで、

どんな修法よりも、どんな占術による開運よりも、

見事に波動を調整し、因縁調整していくのである。

身近にある、自然こそが開運のサンプル(宇宙の法則)であり、

毎日の行いこそが開運への道である。

幸運にも、現世はそのようにスタディが成立するように仕組まれている。

狂った音律のピアノを音叉によって調律するように、

狂った生活を宇宙の法則性に則って調律する。

これこそが天下無双の開運法とならなければならない。

 

このような発想のもと、

1章では、全体に貫通する「宇宙の法則性」を説き、

2章では、スグにでも実践可能な生活のヒントなる項目を連ねている。

順に読んで頂くのが理想であるが、実践こそ実を結ぶのであり、

2章の気に入ったところから読まれても構わないように構成している。

 

この講座が、

全てのエゴという呪縛から

読む者の心を解放することを願って最初の言葉とする。

 

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