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感応の法則

前項「生命波形」において意識とその波形について紹介しました。

では、この意識は我々の現実生活ではどのように展開しているのでしょうか?

仏教の発想をもって紹介すると以下の通りです。

この構図は、古来の教理を中国、天台大師智が「摩訶止観」という著書の中で体系化したもので

日本の仏教、天台・真言・浄土・日蓮・禅・・・と全ての思想の根底に位置するものです。

特に、ここで確認したいのは以下の3点です。ごくかいつまんで紹介します。

1,一念三千論

私たちの日常の意識は、地獄の世界から仏の世界まで、

おおよそ3000種の意識レベルが環境(対象)に感応して現れている

2,輪廻思想

輪廻というと、生まれ変わりの世界を想像しがちですが、

狭義には、我々は六道のそれぞれの境地が生活の中で、瞬時瞬時、錯綜して現れている

3,解脱思想

この六道を循環しているから我々はこの世に生を受け回転しており

この循環を解き、脱することを「解脱」といい、サイクルを離れる

 

この3点です。

すなわち私たち人間は、生まれながらに悪人・善人がある訳ではなく、

全ての人は、3000種の意識レベルを内包し、環境に応じて現れているに過ぎないということです。

つまり、あなたは、時として悪因から悪果を創出し、

善因から善果を創出するのです。(悪因悪果 善因善果)

内に因があるから、外の相と感応するようになっているのです。

個の違いもここから生まれます、また、こういう構図になっているからこそ

根っこ(円の中央部分)では、全てが共有し、連鎖しているということです。

よく「思いは、通じる」と言いますが、この意識構図から見れば、至極当然な事と言えます。

 

もっと解りやすく言えば、テレビ・ラジオのチューニングの世界です。

何人も、良い人・調和音にもチューニングできるし、

悪い人・破壊音にもチューニングできる、ということです。

すでに二極が共鳴すると力が生まれるでも記した通り、

チューニングが合えば共鳴しますから、当然そこに「力」が生まれます。

いわゆるこれを「感能力(共鳴力)」というのです。

ここで大切なことは、言うまでもなく、チューニングの「向き」が問われる訳です。

つまり、「感能力の復興」と「向きの正常化」が求められるのです。

 

例えば、単純に道を歩いている人を観察して下さい。よく見ていると、

・店の看板やディスプレイや車と、人工的なモノ(無機)ばかり目がいく人が、ほとんどです。

しかし、時折

・雑草の姿や花、鳥の声に空を見上げるなど自然物(有機)に敏感な人がいます。

命の調整力としては、後者は格段に高く、自らヒーリングしているとも言えるのです。

このように同じ道を歩いている人でも、「意識の向き」で「感応の対象」は様々だと言うことです。

別項にて詳述したいと思いますが、これは「音」についても「色」につても「形」についても同様です。

 

また、この法則は教育の分野にも通じていますし、むしろ生かすべきです。

例えば、京都市に市立堀川高校という高校があります。

この高校は国公立大学の合格者を3年間で6人から135人に増やし

「堀川の奇跡」と呼ばれ、世界が注目、各国からの視察が耐えない学校になっています。

先日もNHK番組「プロフェッショナル 仕事の流儀」で紹介されました。

その秘密は「探究科」の設置で、校長によると生徒の「知りたい」を探求する科となっているのです。

いわゆる、これも「知りたい」という「向きの調整」です。

裏をかえせば、こんな肝心な事を今までの教育界が怠り、

ひたすら「・詰め込み・暗記・与えられた問題を解く」の教育にのみ邁進していた。ということです。

「向き」に関連すれば、スポーツや武道の世界でも同様です。

キチンとした指導(向きの調整)があれば、そこには、まず仲間は勿論、相手(敵)を尊ぶ

という事が大前提として感得されていなければなりません。

にも係わらず、試合前から、目つきで相手を威嚇してみたり、暴言を吐いてみたり

と魂はそこまで失墜してしまっているのです。

こういう現状からも、今後、教育界においては

「向きの調整と感応力の強化」

をテーマとした学校こそが真の教育の姿を見いだし、実績を残していくでしょう。

 

いずれにしても、私達の日常生活が即ちスタディの場です。

地獄の世界と感応するか、仏のような世界と感応するかは、あなたの自由です。

あなた自身の「向きと感応力」を、時として第三者的視点で自己省察してみて下さい。

 

 

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